市川染五郎さん出演公演「渋谷金王丸伝説」にピグモンが登場

去る10月4日。19時に開演、1夜限りの公演となった今年の「渋谷金王丸伝説」公演を振り返ってまいります。8回目を迎えた今回は、会場を伝承ホールからさくらホールに移しての公演となりました。さくらホールでの開催は、2014年にフジテレビKIDSと共同コラボレーションをした公演以来3年ぶりとなり、渋谷金王丸扮する市川染五郎さんにとっては、「市川染五郎」の名前で出演する最後の「渋谷金王丸伝説」となりました。

©渋谷区

大まかな公演内容ですが、まずは舞踊の演目から常磐津の「老松」に始まり、長谷部健渋谷区長と、伝承ホール寺子屋のプロデューサーである鈴木英一さんとのトークを挟みます。続いて、鈴木プロデューサーMCによる、市川染五郎さん、尾上菊之丞さん、尾上京さん、「渋谷金王丸伝説」名場面集と銘打った座談会があり、最後は伝承ホール寺子屋塾生たちが傾奇者として舞台に参加する、創作傾奇おどり「KONNOHMARU伝説―憤怒の金王丸、渋谷の荒人神となる―」で締めくくりました。

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「老松」を市川染五郎さんが踊られるのは本公演が初であり、来年に控える松本幸四郎襲名を先駆けて寿ぐ意味合いも思わせる、格調高い演目となりました。また、尾上菊之丞さんが昨年に引き続き、常磐津の浄瑠璃として特別出演。朗々たる唄声で舞台に華を添えました。
演目の合間の橋渡しとなる長谷部区長と鈴木プロデューサーの幕前トークでは、渋谷金王丸に準えた「自身にとっての英雄は誰?」という問いかけや、今回の「渋谷金王丸伝説」におけるテーマ「憤怒」に絡めた鋭い質問などを交えつつ、8回を重ねた本公演ならではの和やかなムードで終始進行していきます。

 

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さて、今年の金王丸伝説で目を引いたのは、過去の記録映像を観賞しながらの座談会です。映像は一部を除いた、渋谷区文化総合センター大和田の伝承ホールこけら落としから昨年2016年までの公演のハイライトをまとめたもので、一般には流通していない大変貴重なものです。舞台上ではスクリーンを囲むように、染五郎さん、菊之丞さん、京さん、そしてこれまで公演を支えてきた鈴木プロデューサーが座り、過去上演された奇想天外な「渋谷金王丸伝説」の冒険の数々を思い起こしました。
上映が始まると、過去の映像を懐かし気に、そして少し気恥ずかしそうに眺める京さん。誰ともなく「若いねぇ」と年月の重なりを感じさせる言葉が漏れたかと思えば、「今の方が若いよ!」と染五郎さん。演目の内容は当時流行ったネタが盛り込まれているため、必然的にその年に何が起こったのかも触れながら、「渋谷金王丸伝説」の軌跡を振り返っていきました。渋谷に縁あるラッパー、Kダブシャインさんとの共演……地震を象徴する大鯰との戦い……日本舞踊とダンスとの踊り対決……菊之丞さんの美しい歌声……恒例となりつつある円谷プロの怪獣たちとのコラボ……PPAP……映し出される破天荒な趣向に対して、染五郎さんは「わけのわからないものをやる勇気を褒めてください」とコメントし、観客からは笑いがこぼれます。

こけら落としからの映像を眺めながら、鈴木プロデューサーが「傾奇おどり」について触れる場面もありました。染五郎さんが日本舞踊の新しい身体と娯楽性を求めて生み出した舞踊のスタイルである「傾奇おどり」は、「渋谷金王丸伝説」の型破りな世界観の根底でもあります。そのエネルギッシュなスタイルについて、「傾奇おどり」誕生から関わる菊之丞さんは「20年やれば(創作舞踊も)古典だから」と答えます。何でもないように返事をしていらっしゃいましたが、挑戦的な精神から生まれた舞踊がこれまで歩んできた道のりを思えばこそ、「古典」と表現した言葉の重み、重ねた年月の長さを感じさせる言葉だと、私はその時拝聴しながら思いました。
座談会では公演の映像だけでなく、伝承ホール寺子屋塾生との本番前に行われた練習風景も上映されました。私は何度かその場に立ち会わせて頂いたことがありますが、染五郎さんが入念に参加者たちの場当たりの確認をする様子や、練習であっても全力で踊り、声を発する塾生たちの様子から、目前に迫る本番への真剣な意気込みが伝わってくるようで、こちらまで身の引き締まる思いがしたことを思い出しました。染五郎さんが時折冗談を交えたり、ジュニアクラスの子どもたちに声を掛けたりとして緊張を解すシーンもあり、練習は限られた時間ではありましたが、参加者が「カブキ者」として舞台に立つ最後のひと押しとなる瞬間の緊張感を、観客とともに追体験する。映像は短いものでしたが、とても有意義な時間でした。

座談会の締めくくりに、「(渋谷金王丸伝説の舞台には)呼ばれなくても出ます!」と明言する染五郎さん。襲名を控え多忙を極める中、今回の公演に出演されたことだけでも伝わってくる思いの熱さが集約されている一言でした。そして、今後の公演で起きるであろう奇想天外の活躍譚に思いを馳せて、楽しみで胸が弾む一言でもありました。
この言葉は、公演に大きく関わる寺子屋塾生たちをはじめ、会場にいた全ての人の胸に刻まれただろうかと思います。

たっぷりと思い出に浸ったところで、今年の渋谷金王丸伝説のゲスト・友好怪獣ピグモンが登場。観客はピグモンと一緒になって、染五郎さんから「カブキぼん!ダンス」(サビ部分のみ)のレクチャーを受けました……が、ところどころ振りつけがうやむやになってしまう染五郎さん。おもむろに舞台袖にいらっしゃった松本幸龍先生をお呼びして、観客やピグモンとともに踊りを確認するという予期せぬ事態が起こるも、大らかな笑いに包まれながら、振りつけ講座を無事終えました。

 

©渋谷区、©円谷プロ

さて、いよいよ「渋谷金王丸伝説」です。染五郎さん、菊之丞さん、京さんの三人で披露される「傾奇おどり」は、時にアップテンポで荒々しく、時にゆっくりと流れるようなリズムの中で静かに展開していき、舞踊の合間には、テーマ「憤怒」に準えた(電車の中でのマナー違反に憤慨するといった日常の「憤怒」を語る)シーンや、「老松」で響かせたそれとはまた趣きを変えた菊之丞さんの歌、毎年恒例の流行りネタを盛り込んだシーン(今年はブルゾンちえみwithBならぬ、ブルゾンみやこwithBでした)が織り込まれていきます。
やがて「憤怒」の感情に苛まれたのか、ヤケ酒のように酒を煽り倒れてしまった金王丸の前に現れたのは、先ほどの「カブキぼん!ダンス」講座でも登場したピグモン。無邪気に金王丸の周りで跳ねては、かわいらしい踊りで不思議な力を注ぎます。その甲斐あってか、すっかり元気になった金王丸。体に渦巻いた酒気とともに怒りも失せて、友好怪獣にお礼の言葉を述べるのでした。
今回の金王丸伝説は1回きりの公演であるため、渋谷カブキ音頭は本編中2回に分けて踊ることとなりましたが、この日のために稽古を続けた伝承ホール寺子屋塾生たちこと、渋谷のカブキ者たちの勇姿は眩しく、観客からはその都度拍子が起こりました。
そしてなんといっても印象深いのは、ピグモンを含めた全員で踊ったラストの「カブキぼん!ダンス」です。大勢で踊る光景の爽快さは云うに及びませんが、踊りの最中、会場を震わせたのはジュニアクラスの子どもたちのエネルギッシュな歌声でした。踊りとともに、身体中から放たれるようなそれは、沸々と腹の底に「憤怒」を溜める金王丸を鎮める清々しさすら感じさせました。この朗らかさと賑わしさは、一緒になって踊りに興じる観客の人の心を一層浮き立たせてくれたのではないでしょうか。

 

©渋谷区、©円谷プロ

伝承ホール寺子屋の塾生たちが、この日のために松本幸龍先生指導の下で心血を注いだ稽古の日々は、万雷の拍手に包まれることで幕を閉じました。今回の公演で再認識させられたことは、「渋谷金王丸伝説」が築き上げた8年が、公演に関わる全ての人の熱意と努力によって成り立つ8年である、ということでした。寺子屋塾生の中には、ジュニアクラス・シニアクラスも含め公演に何度も参加されている方が多く、踊りの振りつけから着物の着付けまで、様々な面で新たな参加者を手助けしてくださる心強い存在です。
また受講生たちの間では(経験者・初参加者に問わず)「金王丸ロス」という言葉まであり、厳しい稽古を乗り越えることで生まれる絆がいかに強いか、舞台に立つ喜びがいかに大きいかを物語っています。下支えしてくださる方々との恵まれた出会いや、塾生同士で築かれる結束力は、伝承ホール寺子屋が「渋谷金王丸伝説」の舞台とともに歩んだ月日を振り返る上で、欠かすことのできない財産だと思います。

記事:岩瀬恵美(ライター)

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