「ゼロ年代からテン年代へ」~エンタメ潮流はどう変わったのか?<第2回>さやわかさんインタビュー 後編:“やり直し”と“民衆の分断”

前回に引き続き、ライター・評論家のさやわかさんに、“2011~2015年 エンタメ潮流”について伺います。後編では、さやわかさんの3つの視点「ビジネス的」「表現的」「社会反映的」のうち、「社会反映的トレンド」を中心に伺います。震災後の社会状況やできごとは、エンタメにどのような影響を与えたのでしょうか。

※事前にFRIの分析結果をお渡しし、それを踏まえて横断的な潮流についてお話し頂きました。

■「社会反映的トレンド」 3つの論点

「ビジネス的トレンド」「表現的トレンド」に比べ、より批評的な内容となる「社会反映的トレンド」。さやわかさんが注目する、2010年代に強まった3つの流れ、「正義の不可能性」、「保守化・右傾化」、「やり直しを求める」についてお話を伺って行きます。

■ゼロ年代~震災後 「社会反映的トレンド」の流れ

菅:
2010年代前半の社会背景を受けて、より強まった、または新しく生じた流れはありますか。

さやわか:
震災以前から続く流れとして、正義というものが決定できない状況がありました。特にネット上では全ての価値が横並びになってしまうので、誰が一番であるとか誰が正しいなどが分からなくなる。すると人間は、賭ける価値があると無理やり思い込んだものに賭けようとするのですが、これが“決断主義”ですね。宇野常寛さん(*評論家)はこれらの象徴として、『バトル・ロワイヤル』や『DEATH NOTE』を例に挙げています。いずれも、何が正しいかは関係なく自分がこれをやるという考え方に基づく作品です。

左画像引用:バトル・ロワイヤル(太田出版)、右画像引用:DEATH NOTE(集英社)

さやわか:
このような状態がゼロ年代からずっと続いていて、極限まで達した時に、震災が起きたわけです。
これは他の震災においても同様ですが、一時的に、政府や救命、治安への関心が高まります。ゼロ年代以降から続く決断主義の流れも相まって保守的な傾向が生まれやすくなり、結果的に、“ループ”のように何度も繰り返す物語の中でやり直そう、というトレンドが生まれますね。

■2011以降の「やり直し」前面化

さやわか:
2011~2016年辺りまでは、不満や閉塞感を打破しようと、やり直しを求める傾向が強くなっています。具体例として『魔法少女まどか☆マギカ』などありますが、この作品はどちらかというと、ゼロ年代のコンテンツを総ざらいした内容だと言われています。しかし10話辺りで震災が起こって中断され、その後放送された11話では何と、最も大きな魔女が「災害」という形で現れる。偶然にも、予言的な内容になってしまったわけですね。

“ループもの”のように昔のやり直しを求める内容は、2015年までの流れとして既にあったものです。ただ、『魔法少女まどか☆マギカ』ではループすること自体に葛藤がありましたが、2016年にヒットした『君の名は。』のループは頑張って乗り越えようという意味でしかないのですよね。いずれにせよ「やり直し」を求めていると言えると思います。『シン・ゴジラ』も同じですね。また、『この世界の片隅に』は原作とは違いますが、映画では、太平洋戦争や広島原爆投下を生活文化から捉えなおす内容となっているので、やり直しとも取れるのではないかと。

左画像引用:『君の名は。』(C)2016「君の名は。」製作委員会

右画像引用:『シン・ゴジラ』(C)2016 TOHO CO.,LTD.

■震災後の状況を象徴する“民衆の分断”

菅:
他にも、震災後の社会状況を結果的に反映した作品はあるのでしょうか。もちろん、偶然的にではありますが。

さやわか:
2012年公開の『ダークナイト・ライジング』でしょうか。
前段となる『ダークナイト』では、究極の選択を突きつける物語でした。二面性ある「トゥーフェイス」であるハービー・デントに象徴された二択の苦悩。二択を突き付けられた結果、正義が引き裂かれてしまう内容はいかにもゼロ年代的なテーマでした。結局、バットマンが汚名を肩代わりすることで解決をもたらしますが、それは問題の先送りであって解決ではない、という批判が『ダークナイト・ライジング』の突きつけるところです。

『ダークナイト・ライジング』
(C)2012 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC. AND LEGENDARY PICTURES FUNDING, LLC

さやわか:
具体的には、ハービー・デントが悪者であった事実が露呈し、民衆の怒りを買い、無政府状態をつくりだす。ここで重要なのは、今日の世の中では誰もがハービー・デントのような決断をする可能性があることです。しかし、その側面は無視され、別の人間が大衆を扇動するための「悪」として使われてしまう。これが10年代の状況です。

2012年公開映画なので、課題に対する答えが出せているとは言えませんが、問題の提示は早かったです。 “9.11”以降の決断主義から、“アラブの春”以降の正義の名の下による動員を経て、“3.11”以降は正義の不可能性を利用した大衆扇動)という流れから見ると、グローバルな状況とドメスティックな状況が重なり合うことが指摘できた作品です。日本の状況を様々な角度から語るにふさわしい作品であるといえます。

>>前編はこちら

さやわか
ライター、評論家、まんが原作者。『ユリイカ』『クイック・ジャパン』ほかで執筆。『AERA』『ダ・ヴィンチ』『ビッグガンガン』ほかで連載。小説、漫画、アニメ、音楽、映画、演劇、ネットなどについて幅広く評論。著書に『僕たちのゲーム史』『一〇年代文化論』など多数。

■インタビュアー
菅 ななえ
フィールズ株式会社研究開発室(フィールズ総研)勤務。

本記事は、エンタテインメントの研究をしているフィールズ研究開発室(FRI)のメンバーが、日頃の活動の中で気になったことに目を向け、独自取材に基づいて、執筆しています。

Leave a Reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です