「ゼロ年代からテン年代へ」  ~エンタメ潮流はどう変わったのか?
<第1回>飯田一史さんインタビュー 前編:震災後の混乱とエンタメ

FRIでは、“2011~2015年のエンタメ潮流”について研究し、その内容を基に有識者にインタビューを行っています。今回はその第一弾として、『東日本大震災後文学論』などの編著者、飯田一史さんにお話を伺いました。2011年(震災年)以降で注目すべき現象やエンタメトレンドは何か、結果的に時代を象徴した作品は何か。前後編の2回にわたりお届けして行きます。
※インタビューは2017年2月に実施。

■2011~2015年はどのような時代だったのか

菅:
2011年~2015年でエンタメ潮流が大きく変化した印象があります。社会的な出来事としては東日本大震災が大きかったと思いますが、この5年間をどう捉えていますか。

飯田:
震災後の混乱を振り返って思うのは、欧米に先んじて「ポスト・トゥルース」状況に突入していたのだなということです。2016年に起こったトランプ政権の誕生、ブレグジットの背景にはフェイクニュースの跋扈、移民・難民・テロによる人々の体感不安の高まり、排外主義の台頭がありました。「建前はいいから今抱えている不安をなんとかしてくれ」というわけでリベラルが衰退し、人々が傷つき疑心暗鬼になっているところに陰謀論やデマが入り込み、情動政治化が進んだ。日本は震災、とくに原発事故の影響から、数年早く似たような状態になっていたと思います。

菅:
エンタメ全体についてはいかがでしょうか。

飯田:
佳作はありましたし、2011年に観たライブの中には一生忘れがたいものも個人的にはありますが、しかし、後世振り返ったときに記憶/記録されるクラスの国民的な大ヒットだとか、歴史的に評価されるべきといえるほどの作品は決して多くなかったと思います。震災直後は、作り手も受け手も混乱とショックで手一杯だったからでしょう。心理的なダメージが大きくて、僕は『あまちゃん』すらまともに観られませんでした。思い出してしまって、つらく……。今回は2011~2015年の振り返りですが、2016年に入ってやっと「震災以後」を象徴する代表作が出て来たし、それを受け入れられる余裕も出てきたのではないでしょうか。

■人々が求めたのは、“身近” “手近” “強いリーダー”

菅:
ポスト・トゥルースのような混乱は、大衆の行動にどのような影響を与えますか。

飯田:
まずひとつは、不安が高まっている状態ですから、拠り所を求めますよね。すると理性的で頭がよさそうな人よりも、見た目からして強いリーダーや安定感のある人、あるいは手近な人や身近な人を信じるようになります。
たとえば星野源さんやback number(3ピースのロックバンド)、ユーチューバ―などが若者に支持されていますが、彼らは身近さ、手近さを感じさせるからでしょう。バクナンの歌詞は、四畳半フォークの現代版みたいな世界観ですからね。まったく「モテるためにバンドをやる、かっこいいからバンドやる」という雰囲気じゃない。背伸びしているとか、かっこつけている感じがない。

菅:
強いリーダーとは、具体的にどのような人なのでしょうか。

飯田:
サイコパスですね。少し前に、『サイコパス』(著・中野信子/文春新書)という本の構成をお手伝いさせていただいたのですが、著者の中野さんによると「トランプはサイコパスである」と。もちろん誰かが本当に診断したわけではないですけれども、中野さんとしてはトランプがサイコパスかどうかを世に問いたいというより、人々に注意喚起をすることが目的で言っているのだろうと思います。

というのも、サイコパスは猟奇殺人鬼のような犯罪者だけではなくて、企業のCEOや政治家にも多いことがわかっています。サイコパスの特徴は、恐怖や不安をはじめとする情動を司る扁桃体と、学習能力を司る前頭前野の機能のどちらかが弱いか、その結びつきが弱いことです。ようするに、恐怖や不安を感じにくく、叩かれたり失敗したりすれば反省する、という感情をベースにした学習能力に欠陥があると。ただ、衝動が抑えることができ理性で「これをやるとトク/損だ」と学習する能力が高い人たちは、政治家や弁護士、医者や起業家になって社会で活躍ができる。痛みや不安を感じなければリスクを取ることも厭わないし、人前に立ってもビビらない人間のほうがあがってしまう人間より強いですよね。

画像引用:サイコパス(中野信子:文春新書)

飯田:
これが今までの話とどう関係するか。
震災やテロ、戦争が起これば、普通の人はショックを受けて不安になります。でも、サイコパスは不安にならない。サイコパス研究者のケヴィン・ダットンの本には、人類初の月面着陸を成功させたアームストロングは、着陸がうまくいくかいかないかの瀬戸際、一歩間違えば月面に激突してクルーが全員死ぬというときでも顔色を変えずに任務を遂行したというエピソードが紹介されています。もちろん、彼がサイコパスだと断定はしていませんが。サイコパスのように非常時や有事に何があっても動じない人間は頼りにされますよね。

菅:
私もこの本を読みました。なるほど、サイコパスの決断力や行動力が必要とされる状況にあったのですね。

飯田:
実行力のあるリーダーがいないと船全体が沈むかもしれないという集団不安が高まっているときに、何があっても毅然とした対応ができて信頼されるのも、いくら叩かれても矢面に立ち続けられるのも、サイコパスのように不安や恐怖の情動が欠落した人間でないと無理なのです。
ただサイコパスの問題は、罪悪感を抱かないこと。つまり、罪悪感によって反省や学習する能力が欠如しているので平気でウソをつけるし、それを指摘・批判されてもやはりまったく動じない点です。

と、ここまで言えばもう、トランプ以外にも国内外の政治家たちの顔が思い浮かぶのではないでしょうか。そういう人たちが存在しているということに気を付けた方がいい、というのが、中野さんが「トランプはサイコパス」論で世間に注意を呼びかけたかったことだと思います。
震災、テロ、難民などによって不安と不満が高まるなか、各国でメンタル最強のサイコパスが「強いリーダー」として君臨することには、必然性があるわけです。

菅:
ネットコミュニケーションへの影響はどうでしょうか。

飯田:
2000年代までは「ネットで話題」と言われていても、他メディアでは実売に結びつかないことがほとんどでした。たとえば「ネットで話題」なのに全然売れていない本なんて、いくらでもあった。
しかしスマホが普及し、制作コストが減らされ自前のネタ探し能力が落ちたマスメディアがネット発の情報を積極的に拾うようになり、マスメディアとソーシャルメディアが相互依存関係になって以降、完全に流れが変わりました。ネットで火が付けば、テレビなどが後追いして話題が大きくなるようになった。

映画『この世界の片隅に』(クラウドファンディングで製作され、ネットの口コミでロングランを続けている映画)や『キンプリ』(アニメ『KING OF PRISM』)の成功は、こういった流れの典型的なパターンだと思います。ファンが「自分たちの力でヒットさせるのだ」という思いを持って「布教」することは昔からあるわけですが、声をあげていったときのアップサイドが一昔よりはるかに大きくなった。

重要なのは、こうしてSNSで盛り上がって火が付いた作品の多くは、映画会社や制作資金の出し手(企業)に対する不満や不信感がセットで付いてまわっていることです。絶対に価値がある作品を作るクリエイターなのに憂き目に遭わされている、だから自分たちがお金を出し、正当な評価を与えるのだ、と。
これは震災後に起こった、既成メディアに対する不信と構造的に同じですよね。レガシーは通り一遍のもの、建前、きれいごと、うすっぺらいもの、ウソや不信の象徴・対象であって、それに対して声を上げないといけない、という感覚は、震災後の経験と無縁ではないと思います。

後編では、2011~2015年を象徴した作品について伺って行きます。

≫後編へ続く

飯田 一史
1982年青森県生まれ。中央大学法学部法律学科卒、グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。ラノベ、SF、ミステリをはじめとする文芸と、マンガ、アニメ、ボカロといったサブカルチャーを中心に取材・執筆するライター/編集者。著書に、『ポストヒューマニティーズ 伊藤計劃以後のSF』など多数。

■インタビュアー

菅 ななえ
フィールズ株式会社研究開発室(フィールズ総研)勤務。

本記事は、エンタテインメントの研究をしているフィールズ研究開発室(FRI)のメンバーが、日頃の活動の中で気になったことに目を向け、独自取材に基づいて、執筆しています。

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