ザ・インタビュー 竹宮惠子先生 vol.1
~創作への思い~

Fields × JAPACON “Contents & Human Future Lab.では、漫画家の先生のヒーロー像を毎月おひとりずつインタビューしていく予定です。
このインタビューでは、作家の皆さんの成り立ちや作品に対する想いを、ヒーロー、ヒロインという言葉をキーワードにしてお伺いしていきます。

スペシャル・ヒーロー・シリーズ、今回は竹宮惠子先生をお迎えしてお話を伺います。
竹宮先生は、漫画家の他に、京都精華大学の学長、文部科学省の中央教育審議会委員を務められるなど教育者としての顔もお持ちです。竹宮先生には、クリエーターの未来についてもお伺いいたします。

■漫画家になったきっかけ

瀬尾:
先生は、京都の大学の学長をされていらっしゃいますが、お住まいは九州でしたね。本日は、スケジュールがタイトな東京滞在中に私たちのインタビューをお受けくださいましてありがとうございます。
早速ですが、先生が漫画家を志されたきっかけをお話しいただけますか。

竹宮先生:
漫画は中学生の時から描いていましたが、漫画家を志したのは、高校生の時で、石ノ森章太郎先生の漫画入門書を読んだことがきっかけです。石ノ森先生は「漫画はこれからの媒体、漫画にできないことはない。是非、挑戦してほしい。」と書かれていました。その後、自作の漫画を、信頼できる友人に見せました。その人は自身の目標をもってそれに向かってまい進する人でした。その方が良い評価をくれたので、私は決心できたわけです。

瀬尾:
今までインタビューした先生方は、親に隠れて漫画を描いていたとおっしゃるのですが、先生もそうでしたか。

竹宮先生:
親が漫画に対していい印象を持っていないのはわかっていましたから、私も隠れて描いていましたよ。(笑)。しかし、私は漫画を通して学校や親が教えてくれないことを学べると思っていました。

■漫画家デビュー

小林:
いつデビューされたのですか。

竹宮先生:
17歳の時、新人賞で佳作を受賞しました。佳作入賞作品の雑誌掲載はあまりないのですが、見どころがあると思われたのでしょうか、デビューすることになりました。

瀬尾:
今の高校生は、まだ自分の職業を決められないように思いますけど…。

竹宮先生:
そうかもしれませんね。でも、特殊な職業を選ぶ人はそのくらいの年齢で決めている人が多いと思いますよ。

瀬尾:
デビュー後すぐに上京されたのですか。

竹宮先生:
いいえ。上京はもうしばらく後です。両親に大学進学か仕事に就くかと問われた時、大学に通いながら漫画を描く道を選びました。その後、仕事は順調に進み、卒業前に上京することになります。私の出版社は後発で、有名な作家の契約は少なく、作家発掘に力を入れていたころでした。新人には有利ですよね。

地球(テラ)へ(画像引用:中央公論新社)

■創作への思い

瀬尾:
先生の作品を読むまで、私は、少女漫画は恋愛漫画と思っていました。しかし、「地球へ」を読んで正直驚きました。これは小説では表現できない。デリケートな部分を、絵が伝えていますよね。

竹宮先生:
少女漫画は恋愛ものが多く、結びついた二人のその後は描かれませんでした。私が描きたい漫画を描くためには少女マンガの幅を広げる必要がありました。人間が関係すると必ず執着、あるいは愛情が生まれます。その感情は男女間の恋愛感情だけではありません。

■ヒーロー像

小林:
先生はリアルな作品を追及されてきたのですね。リアルな作品の中で先生のヒーロー像とはどのようなものですか。

竹宮先生:
私にとってのヒーローは「路傍の石」の主人公のお母さんです。そのお母さんは、白い糸がなかったため、赤い糸で花嫁の白い衣装をきれいに仕立てます。強いこだわりをもっていますが、その苦労を自慢しません。私は、作品を描くときには主人公は決めますが、ヒーローは決めません。例えば、「地球へ」の主人公は、遺志を継ぐジョミー・マーキス・シンのはずですが、読者のヒーローは遺志を託したソルジャー・ブルーです。早くに死んでしまうこともヒーロー足らしめた点でしょうか。彼の遺志だけが凝縮されていったように思います。

瀬尾:
確かに人間関係には多様なものがあります。そして、日本文化は武士社会における小姓など、その多様性を受け入れてきたと思います。先生が「風と木の詩」で描かれた同性愛は当時の少女漫画のテーマとしては、かなり刺激的だったと思いますが、大ヒットしましたね。どのように読者が理解したと感じていらっしゃいますか。

竹宮先生:
あの作品には差別や暴力の場面もあります。私は読者が理解したというよりも興味を持ってもらえたと思っています。作り物ではない本当のことが描かれている、と。

瀬尾:
ヒーローとは読者に精神性を訴えられた人ということでしょうか。4年後の東京オリンピックを控え、私たちはヒーローの出現を望んでいると、思っています。現在におけるヒーロー像を教えていただけますか。

竹宮先生:
私は、ヒーローは普通の人と思っています。さりげないヒーローです。たった一人にとってのヒーロー。例えば、このインタビュー・プロジェクト・メンバーだけのヒーローがいてもいいですよね。誰でもヒーローになれるし、なるべき、と思っています。

■描きたい作品

小林:
たった一人のためのヒーロー、素敵ですね。そんなヒーロー観をお持ちの先生が今後描きたい作品はどのような作品ですか。

竹宮先生:
わたしは、雑誌のトップを張る重責からは解放されたと思っています。今、私は、「安心安全な世界から飛び出したところにある世界」を描きたいと思っています。

瀬尾:
未知の世界への冒険ですか。今まで先生は名作をたくさん創作されていらっしゃいましたが、続編を書くことも一つの選択肢ではないでしょうか。

竹宮先生:
その時が来るかもしれないとは思っています。しかし、一度世に出た作品はもはや作者だけのものではなく、読者のものでもあります。自分の思いだけでは完成されない、読者の期待を裏切らないものを描きたいと思っています。

>>ザ・インタビュー 竹宮惠子先生 vol.2 ~好奇心のススメ~

■インタビュアー紹介

瀬尾太一
コンテンンツ・ポータルサイト運営協議会(JAPACON)統括主査。写真家。日本写真著作権協会常務理事、日本複製権センター副理事長などを務める。クリエーターをはじめ、幅広いジャンルの方々と交流を持つ。

小林真希
フィールズ株式会社研究開発室(フィールズ総研)勤務。

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