ザ・インタビュー 里中満智子先生 -後編-
デビューから人気漫画家へ

Fields × JAPACON “Contents & Human Future Lab.では、漫画家の先生のヒーロー像を毎月おひとりずつインタビューしていく予定です。このインタビューでは、作家の皆さんの成り立ちや作品に対する想いを、ヒーロー、ヒロインという言葉をキーワードにしてお伺いしていきます。

お二人目は、里中満智子先生です。
里中先生は、高校在学中に漫画家デビューされました。先生のデビュー当時、少女漫画の女流作家はまだ少なかったそうで、女流漫画家のパイオニアのお一人と言えるでしょう。
現在は、日本漫画家協会常務理事、大阪芸術大学キャラクター造形学科教授など多岐にわたり活躍されています。
デビュー以来、作品を通じて、女性たちに力強いメッセージを送り続けている里中先生。先生の創作にかける思いや、ヒーロー、ヒロイン観に迫ります。

■デビューから人気漫画家へ

瀬尾:
漫画家修行や、演劇部での活動に力を入れていた高校時代にいよいよデビューを迎えると思うのですが、その当時のエピソードをお聞かせ下さい。

里中先生:
私を弁護士や医者にしたかった両親は、漫画家になる夢に対しては冷淡でした。それでも漫画家修行を続けるために、近所の印刷工場でアルバイトをしたお金でペン等の道具を買い、工場で廃棄される紙をもらい、余白を原稿に利用して投稿を続けていました。
デビューは高校生の時でした。通っていた学校はアルバイト禁止でしたが、(印刷工場のバイトは学校には内緒でした)私は特別に執筆活動は許可されました。メディアは「16才の天才少女」と囃し立てましたが、とても嫌でした。
大阪に住んでいた私にとって漫画家活動は大変でした。打ち合わせは電話で済ませ、当時はファックスもないので原稿は航空便で送っていました。
高校2年も後半になり、受験準備で神経をとがらせる級友が増える中、アルバイトに寛容だった学校から、漫画家としての活動を控えるように告げられました。特別扱いの校則違反は他の生徒の手前ひかえて欲しいというのです。デビュー間もない漫画家が活動を休止することは致命的だったので、私は15分考えた後、退学を決意しました。両親に退学について相談すると、高校だけは卒業しろと諭されたりもしましたね。

瀬尾:
いよいよ上京ですね。

里中先生:
ええ。ただ、当時は情報が少なかったので、私が知っている東京は、私の作品を掲載していただいていた講談社さんがある「音羽」と「トキワ荘」が会った豊島区とちば先生など多くの漫画家が住んでいた「練馬」だけだったので、仕事のことを考え、講談社さんのそばにアパートを借りました。

瀬尾:
上京された直後から、プロの漫画家としてお忙しい日々だったのではないですか。

里中先生:
いえ、東京に出てきてからしばらくの間、創作活動は順風満帆とは言えませんでした。編集者さんからは「期待していたのに...」、「大阪に帰った方が良いと思うよ」などと言われたこともありましたよ。
ただ、自分で決断して上京してきましたし、17歳でしたが、家賃や自分が生活するためのお金すべてを賄わなければならなかったので、先輩に紹介していただき学習雑誌のカットの仕事などで生計を立てていました。一番苦労したイラストは「機織り機」でした。「機織り機」の写真が載っている本を買うお金もなかったので、近くの書店の本で、機織り機の写真をじっと見て、記憶してから、家に帰ってカットを仕上げたことは忘れません。(笑)
それでも家計は厳しくて、食べるものも十分には買えなかったので、安くて栄養価の高い大豆とアジの干物には本当にお世話になりました。幸いなことに私は病弱だった母を助けるために小学校のころから夕食作りをしていたので、自炊は苦になりませんでした。

小室:
そうだったのですね。成功への転機はどのように訪れたのですか。

里中先生:
私は、自分で考えて決断するヒロインを描きたいという気持ちが強かったのです。でも、それはなかなか受け入れられませんでした。そんな中、ラブコメ漫画を描くことを提案され、最初は気がすすまなかったのですが、ラブコメであっても愛される事より愛するヒロインを描こうと考えました。これがヒットしまして、そのうちに、自分が描きたい漫画世界も織り交ぜながら描かせてもらえるようになりました。
運命も自ら切り開くヒロインを描きたくて、それだけの強さを女性は持っていることを伝えたかったのです。
そうした漫画を描き続けデビューから10年近くたった時、読者から「里中先生の漫画に勇気づけられ、自殺することを思いとどまりました」というメッセージをいただいたのですが、その時は私の思いが読者に届いていると本当に嬉しく思いましたね。
一方で、女性へのメッセージを優先するあまりに、登場人物の中に優柔不断な男性が多くなってしまいました。私の漫画の中でまともな男性は4人だけかな。(笑)

瀬尾:
非常に興味深いお話です。読者の方にとっては先生の描かれた作品の中にヒロインやヒーローが沢山存在すると思うのですが、先生のヒーロー、ヒロインを教えてください。

里中:
私のヒーローはやはり手塚先生の「鉄腕アトム」のアトムと「ジャングル大帝」のレオです。自身の力の限界を超えて、様々な苦難を乗り越える力がありますよね。
以前に、海外の漫画家から「アメリカの漫画のヒーローは国のために戦う。韓国の漫画のヒーローは友人のため戦う。そして、日本のヒーローは人々のために命をかける」と聞いたことがあります。他人のために尽くせるヒーローは最高のヒーローです。人を守るために命を懸けるアトムの自己犠牲は、最高のヒロイズムです。

瀬尾:
幼いころから理論派であった里中先生が、男性・女性を超えて意思のあるヒロイン像・ヒーロー像を追及されてきたことがよくわかりました。本日は長時間のインタビューありがとうございました。

■編集後記
里中先生は創作活動以外にも多岐にわたる活動で多忙な日々を送っていらっしゃいます。その一つがアジアの漫画家たちとの交流イベントの「マンガサミット」です。取材の数日前サミットの打合せから帰国されたばかりでしたが、このイベントには、偶然にも第1回目のインタビューに登場いただいたちばてつや先生とご一緒に行った韓国マンガ界との交流がその発端となったそうです。
また、ご多忙な中、インタビューの最後には『天井上の虹」の額田王の直筆イラストをプレゼントしていただきました。本当にありがとうございました。

»前編はこちら

■インタビュアー紹介

瀬尾太一
コンテンンツ・ポータルサイト運営協議会(JAPACON)統括主査。写真家。日本写真著作権協会常務理事、日本複製権センター副理事長などを務める。クリエイターをはじめ、幅広いジャンルの方々と交流を持つ。

小室つぐみ
フィールズ株式会社研究開発室(フィールズ総研)勤務。

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